史跡・名勝

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九年庵

国の名勝指定(平成7年)

秋の九年庵

〔写真〕秋の九年庵微妙に色あいの異なる幾種類もの紅(あか)色が紡ぎだす紅葉のグラデーションは、絶品。秋の九年庵は、庭園とまわりの山々がひとつに溶けあって、まるでそこだけ別世界のような美しさです。

じゅうたんを敷き詰めたような苔の緑とのコントラストも見事です。

春の九年庵

〔写真〕春の九年庵国の名勝九年庵は、明治時代につくられた佐賀の実業家伊丹弥太郎の別荘と庭園です。9年の歳月をかけて築かれた園内は、モミジなどさまざまな樹木で彩られています。

春……

みずみずしいモミジや苔の新緑がまぶしい九年庵は、園内すべてが緑に染まっていきます。

九年庵の名前の由来

元来「九年庵」とは、現邸宅の西北端に建てられた14坪の茶室(現在は解体)のことを指し、また「九年」とはこの庭園が九年の歳月を費やして築造されたことに由来するものです。

九年庵の概要

総面積

約28,000平方メートル(うち山林22,000平方メートル)
庭園6,800平方メートル 建坪97坪(約320平方メートル)

持主

佐賀市の大実業家、伊丹弥太郎氏が明治25年から巨額な経費と多年の歳月を費やして完成させました。その後、倉田氏の所有となり昭和57年に倉田氏から県が土地を購入し、建物については同氏から県に寄贈されました。

植生

約60種(約700本)
ツツジ類265本 モミジ類134本 苔類約40種(ウマスギゴケ、ホソバオゴケ、カガミゴケ他)

お問い合わせ

〔所在地〕神埼町

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アクセスなど詳しくは、下記ホームページをご覧ください。

吉野ヶ里遺跡

〔写真〕吉野ヶ里遺跡 〔写真〕吉野ヶ里遺跡

わが国最大規模の弥生時代の環濠集落です。集落の発生とクニへと拡大・発展する弥生時代社会の様子を見ることのできる大変貴重な遺跡です。現在、国営吉野ヶ里歴史公園として整備され、邪馬台国を想像できる遺跡として多くの見学者が訪れています。

国営吉野ヶ里歴史公園

ホームページ http://www.yoshinogari.jp/index.html

〔所在地〕神埼市(神埼町)・吉野ヶ里町の市町境

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姉川城跡

国史跡指定(平成22年)

〔写真〕姉川城跡中世に低平地に築かれた堀に囲まれた環濠集落の構造を持つ城館跡です。中世の農村集落と領主・武士の発生・成立過程を見ることができる貴重な遺跡です。

〔所在地〕神埼町、国道34号線から北へ

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伊東玄朴旧宅

佐賀県史跡指定(昭和48年)

〔写真〕伊東玄朴旧宅長崎でシーボルトに学んだ幕末の医者・蘭学者伊東玄朴が20歳のときに建てた旧宅です。玄朴は、種痘の導入など近代医学の父として知られています。

〔所在地〕神埼町

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白角折(おしとり)神社

佐賀県天然記念物(昭和40年)

〔写真〕白角折神社平安時代から三所大明神の一つとして崇められてきた神社。境内の大楠は、根回り27m、樹齢1000年を越え、昔から御神木として崇拝されてきました。

〔所在地〕神埼町、水車の里から西へ

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ひのはしら一里塚

神埼市重要文化財(平成20年)

〔写真〕ひのはしら一里塚ひのはしら一里塚は、長崎街道に現存する唯一の一里塚です。頂上部にいぼ地蔵が祀られたことで、築山が現在まで当時の姿を保っています。ひのはしらの名は、櫛田宮の朱塗りの鳥居が建っていたことより、この名が付いています。

〔所在地〕神埼町

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下村湖人生家

神埼市重要文化財(平成3年)

〔写真〕下村湖人生家「次郎物語」の作者として知られている下村湖人の生家です。明治時代の初期に建築され、こ の家で湖人が幼少期を過ごしました。昭和45年下村湖人生家保存のため、下村湖人生家保存会によって買収、修復されました。また、平成9年から10年にか けて、傷みのひどくなった瓦や屋根を「瓦一枚募金」によって修復されました。

この生家は明治時代初期の建造物として、また次郎物語第1部の 舞台として非常に貴重なものです。毎年10月3日に行われる湖人生誕祭や小中学生の交流の場として活かし残していくとともに、下村湖人の業績をたたえ、ま た精神文化の拠点なる重要な文化財として大切に守られています。

〔所在地〕千代田町、県道211号線沿い

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脊振のめがね橋

神埼市重要文化財(平成21年)

〔写真〕脊振のめがね橋1891(明治24)年につくられた高さ14m、長さ20m、幅6mの石造りの橋。

脊振峡に映えて、がっちりと絶壁に誇り、100年以上に亘る脊振町の発展を支えてきた屈指の名橋です。

〔所在地〕脊振町、県道21号線沿い、城原川にかかる

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アンドレ・ジャピー記念碑

〔写真〕アンドレ・ジャッピー記念碑昭和11年、パリから東京に向かう飛行家アンドレ・ジャピー機が当時の脊振村で遭難。その際に村民が手厚く保護をし、当時大きな話題を呼びました。フランスと日本を繋ぐ感動的な出来事として、それを記念して石碑が建立されています。

〔所在地〕脊振町、県道305号線沿い、脊振山頂付近

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栄西記念像(茶祖)

〔写真〕栄西記念像(茶祖)わが日本茶は、鎌倉時代に栄西禅師が宋の国、江南の茶種を持ち帰って、わが脊振山に植えたのが初めてであることは、史実として明らかである。

〔所在地〕脊振町、県道305号線沿い

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脊振神社

〔写真〕脊振神社下宮
脊振神社下宮
〔写真〕脊振神社上宮
脊振神社上宮

神社(上宮)は1055メートルの山頂にあって、冬期は厳寒積雪のため参拝が困難であったため、当時の白蛇神社の境内に下宮を建立した。白蛇神社、 多聞坊東門寺は、同一境内に並びたっていたが、明治維新のため、寺院は扶持をはなれ、神仏混淆を禁じられたため、衆僧は離散し、寺院は廃寺となった。そし て脊振神社は、明治6年2月21日、郷社として許可された。両神社の社殿は、明治7年の兵火に罹り、附近一帯の寺院とともに焼失し、現在の神社は、その後 再建されたものと言われる。

〔所在地〕
(下宮)脊振町、県道305号線沿い
(上宮)脊振町、脊振山頂

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後鳥羽神社

〔写真〕後鳥羽神社鎌倉時代、1221年「承久の変」で敗れ隠岐島に配流された後鳥羽上皇が、密かに身を寄せたとも伝えられています。神社のある鳥羽院地区の名前の由来にもなっています。

〔所在地〕脊振町、県道273号線付近

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日本一の石門

〔写真〕日本一の石門大正3年3月建設。巾三尺、高さ1丈4尺、重量3万4千斤(13トンと14トン)のみごとな花崗岩である。大正天皇ご即位記念として、建設された。 学校のうら山から切り出し、上の水車馬の跡附近から駐在所役場への道路に丸太を敷き、車地によって運搬された50年後には中学校、高等学校、大学校まで建 設するという大構想に基づき、当時の脊振村内有志55名の寄附560円で建設されたという。日本一の石門と遠近に聞こえた脊振の名物の一つである。昭和 30年夏、運動場拡張に伴い、現在の位置へ約10メートル南に移動された。

〔所在地〕脊振町、脊振小学校校門

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広滝第一発電所

〔写真〕広滝第一発電所明治41年に完成した県内最初の水力発電所です。イギリス製煉瓦157万個により造られ、ドイツ製の2基の発電機を備えていました。この発電所は、今も現役で稼動しており、煉瓦造りの発電所としては九州最古です。

〔所在地〕脊振町

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仁比山神社

〔写真〕仁比山神社山の神、農業の神の御祭神。12年に1度、申年の4月に佐賀県の重要無形民俗文化財「御田舞(おんだまい)」が奉納されます。

隣接する「九年庵」の庭園と併せて、春の新緑、秋の紅葉の景色がとても見事です。

〔所在地〕神埼町

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水車の里

〔写真〕水車の里
水車の里
〔写真〕水車の里遊学館
水車の里遊学館

神埼町仁比山地区では、江戸時代から大正時代にかけて一級河川「城原川」からの豊かな水量を利用した60基に及ぶ一大水車群により、農業用水の確保 はもちろんのこと、精米、麦や蕎麦の製粉などが行われていました。この歴史的景観を保存、復元(水車8基と水車小屋2棟)を行っています。

路地を入ると、3つの水車を横に並べたような外観が特徴の「水車の里遊学館」があり、各地のさまざまな水車の形と働きを知ることができます。また、水車を使った電力で「からくり人形」による「御田舞」を見ることができます。

〔所在地〕神埼町、県道21号線沿い

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王仁(わに)(鰐)神社

〔写真〕王仁(わに)(鰐)神社竹原地区と志波屋地区にある神社。古代、百済から日本に初めて漢字を伝えた王仁博士を祀ったものといわれ、更に渡海の安全を祈願したものと思われます。

〔所在地〕神埼町、吉野ヶ里歴史公園北西

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櫛田宮

〔写真〕櫛田宮
櫛田宮
〔写真〕櫛田宮石造肥前鳥居
櫛田宮石造肥前鳥居

皇室領荘園「神埼荘」の総鎮守として、中央と密接な関係を持った神社で、櫛稲田姫命・須佐之男命・日本武命を祭神としています。「神埼」地名の発祥の地と伝えられる「櫛山」や肥前鳥居・中世の多くの古文書や太神楽・締元行列が奉納されるみゆき大祭が1年毎に行われます。

県重要文化財 櫛田宮石造肥前鳥居

櫛田宮参道に建つ1602年に建立された石造の鳥居です。基部が大きくなる柱と笠木と島木が一体となるなど肥前地方独特の鳥居です。

〔所在地〕神埼町、神埼市役所(神埼市庁舎)横

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旧古賀銀行神埼支店

〔写真〕旧古賀銀行神埼支店旧古賀銀行神埼支店は、大正3年に舟木右馬之助が設計し、竣工しました。建物は、洋風外観の総2階建ての木造モルタル作りで、内部は当初客溜りを中 心としてその大半が吹き抜けに作られていました。昭和8年の金融恐慌で銀行が解散し、その後、産科医院、歯科医院として使用されていましたが、廃院後の平 成21年に市が買収しました。平成13年には、国の登録文化財に指定されています。また、22世紀に残す佐賀県遺産に認定されています。

〔所在地〕神埼町、旧長崎街道沿い

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長崎街道木戸口

〔写真〕西の木戸口神埼宿は、宿場の東西入口に木戸が設けられ、厳重に出入りが管理されていました。西木戸は、宿場の西はずれ城原川を渡る手前に、東木戸は国間橋が架かる川のそばに置かれ、上部に跳ね上げる構造の木戸でした。

長崎街道は江戸時代の文明の通り道。当時を偲ばせる通りや町並みで面影を探してみませんか。

〔所在地〕神埼町、旧長崎街道沿い

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直鳥城跡

〔写真〕直鳥城跡中世の環濠集落の構造を持つ城館跡です。南北朝時代に犬塚氏の居城として築かれたといわれ、縦横に巡る堀と大小の島で構成されています。佐賀平野独特の農村景観として整備が行われました。

〔所在地〕千代田町、国道264号線から南へ

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問い合わせ

教育委員会 社会教育課

電話:
社会教育係:0952-44-2731
スポーツ振興係:0952-44-2731
文化財係:0952-44-2731
千代田文化会館管理係:0952-44-2051
脊振公民館係:0952-59-2131

商工観光課 商工観光課係

電話番号:0952-37-0107