歴史・文化

1.地域の歴史・文化

神埼市では、吉野ヶ里遺跡という大規模な弥生時代(約2千年前)の環壕集落跡が発見されたことをはじめ、当時の生活が偲ばれる土器や銅剣などの考古学的にも重要な遺跡が各所で多数出土しており、太古の時代から人々が生活を営んでいた地域であると推測されています。

大化の改新以降、神埼市の平野部では、人々に一定の土地を割り与える班田制が施行され、この遺構としての条里制の坪名が今も残り、奈良時代に大宰府政庁へと続いた「西海道」の官道跡も残っています。

神埼市の北部に位置する脊振山一帯は「脊振千坊」と称され、かつて千年に渡り山岳仏教で名高い土地であったことから、石塔等の痕跡を見ることができ、山伏の修行に由来する火焚き行事などが残っています。

中世では、室町時代の豪族の城館跡を保存した横武クリーク公園や、南北朝時代に築城された姉川城跡、直鳥城跡等の史跡が残っています。

また、江戸時代には小倉〜長崎間(57里、約224キロメートル)を結ぶ長崎街道が中央から南部にかけて東西に通り、25の宿場の一つである神埼宿や境原宿に残る古い町並みや史跡から往時の面影を偲ぶことができます。

このような歴史のなかで、神埼市内には遺跡や歴史的建造物、寺社など多くの歴史的、文化的遺産があり、また、さまざまな郷土芸能や伝統行事等が継承され、地域文化を形成しています。

2.神埼市の沿革

これまで、我が国では、明治22年の市町村制の制定によるいわゆる「明治の大合併」で全国71,314町村が15,859市町村へ、昭和28年に施行された町村合併促進法による「昭和の大合併」では、さらに3,472市町村へと、二度にわたる大合併を経験しています。

神埼郡においても、明治の大合併で11町村になり、さらに昭和の大合併で当時の三田川町、東脊振村、三瀬村を含めた6町村になりました。 今回「平成の大合併」により神埼町、千代田町および脊振村の3町村が平成18年3月20日に合併し、神埼市が誕生しました。